小学生の算数で図形問題ができない場合に確認すること

小学生に算数を教えていると、「図形問題が解けない」と悩むお子さん・親は多いのです。

「算数の文章題が解けません」と同じくらい多い。

図形問題も文章があるわけなので、そういう意味では図形問題とは文章問題でもあるわけですが。

さて、一般的には文章題を解くために必要なことと言えば、「まずは図形をきちんときれいに書けること」だとか「実物を触って図形感覚をつけること」などと言われます。

まあ、それはそれで重要ですし、私も授業でそのようなことは当たり前に指導します。

でもそれだけでは図形「問題」は解けるようにはならないのです。

いかに完璧な図が書けたとしても、面積の公式が分かっていたとしても、問題で聞かれていることが正確にわからないのでは話にならないのですからね。

図形感覚うんぬんの前に、言葉の意味をきちんと分かっていなければならない!という話です。

「図形のきれいさ」とか「図形をさわってみて」とかいうのはその次の話です。

「長方形の周りの長さ」が分からない子が普通にいるという現実

では、図形問題を解くにあたって、図形うんぬんの前の「言葉の意味」とはどういうことなのでしょうか。

図形問題と言えば、問題文に「たての長さ」「よこの長さ」「対角線の長さ」「円周の長さ」「AからスタートしてBを通りCまでの長さ」などいろいろな長さがあります。

これらがどこの長さのことを言っているか分からなければ、計算式など立てようがないのはお分かりかと思います。

図を書いて「長方形のたての長さとはここだ!」とビシッと線を引くなんて当たり前にできなければいけないのです。

大人からすれば「何あたりまえのことを言っているんだ?コイツは。」と思いますよね。

でも子供は違うのです。

以下の問題をやってみましょう。

次の長方形のまわりの長さをもとめなさい。

 

長方形ですから、図から下側の辺も8cmの長さで右側の辺も4cmの長さです。

ゆえに、8+8+4+4=24cm、が答えですね。

大人ならば簡単です。

でも、子供の場合は人によっては「わかりません」とか平気で言ってくるのですよね。

足し算ができないわけでもありません。「長方形のそれぞれの対辺の長さは同じ」ということが分からないわけでもありません。

なんなのでしょうか。

「まわりの長さがわかりません」と言うのですね。

「え?つまり何?この問題が分からないということ?」と思ってしまいますが、違うのです。

「まわりの長さ」がどこのことなのか分からないのです!

ここで大人は思うのですね。

「え?まわりの長さがどこのことなのかわからないってヤバくない?こんなの図から見て明らかでしょう。」

でも子供にとっては明らかではないのです。

大人の感覚では信じられませんが、事実です。

別に発達に問題があるとかいう子というわけでもないのです。

そこで私は試しに、

「まわりの長さってどこからどこまでのことなのか、赤線で引っ張ってみて」

とお願いするわけです。

大人としては当然以下のようなイメージになるのは分かるかと思います。

でも、子供たちの中ではそうでない子もいます。

以下のように書いてきます。

確かに、このような意識では長方形の周りの長さは分からないわけです。

「長方形の周りの長さ」という言葉の定義がきちんと身についていないわけですね。

『長方形の周りの長さというのはここのことだよ』

ときちんと大人のイメージと同様に教えてあげる必要があります。

それさえわかれば、スラスラ解いてくる子も多々いるのです。

「そんなことも今の小学生は分からないのか」と大人は思われるかもしれませんが、昔の小学生もそんなに大差ないと思います。

大人は長い経験があるからそういうことが言えるだけで、多くの大人も子供の頃は似たりよったりな子ばっかりだったと思うのですよね。

にわかには信じがたいと思うかもしれませんが、「割り算や掛け算の筆算が小数まで完璧!テストも100点」みたいな子でも、こうした言葉の定義でつまづき、「図形やら文章問題は苦手!」なんて子も多いのですよ。

「図形感覚がないから~」とか「図形がきれいに~」とかいう部分に問題がない子でも、言葉の意味でつまづいているケースも多いのです。

算数の苦手を「算数の才能」だけで片づけない!言葉の問題かもしれないと疑う

算数・数学が苦手な子というのは、親も含めてその原因を「数学的な才能」に求めてしまいがちです。

もちろんそういう部分がないとは言いません。

同じようなカリキュラムでやっていても、得意不得意はある程度あるものです。

でも、そもそも「計算練習不足で計算スピードが遅い」とか「言葉の意味をきちんと確認していない」などの基本的なところでつまづいているケースも多いのです。

私も中学まで数学が圧倒的に得意でほぼ勉強しなかったものですが、高校になって数学が一回苦手になりました。

その原因も「計算練習不足で計算スピードが遅い」とか「言葉の意味をきちんと確認していない」でした。

私自身のことを数学の才能があるとは言いませんが、こうした「計算練習不足で計算スピードが遅い」とか「言葉の意味をきちんと確認していない」が原因で才能が押しとどめられている子もいっぱいいるのですね。

端的に言えば「ただサボっているだけ」で才能が外に出ていないだけということもあるのです。

小学生段階であれば、親もきちんと文章に書かれている言葉の意味を確認してあげることが大切だということです。

それをせずに「もっと図形問題を解きなさい」とか言ったところで、明日には間違えてくるでしょう。

学習とは前提、それも「言葉」という大前提が抜けたら話にならないのですよ。

工場などで「ボルト1個に不良品がないかどうかきちんと確認する」というような、大切で当たり前で面白くないことがきちんとできているか、ということがあります。

学習における「言葉」というのもそうした類のことだと思うのですよね。

ボルト1個不良品だったら、製品は完成しないのです。