学校に行く意味ある?ない?どうでもよくね?

子どもたちは勉強が面倒くさくなったり、学校に行くこと自体が面倒くさくなると、

「学校に行く意味なんてあるの?」

とか、伝家の宝刀のような使い方をして親を困らせます。

親としてはこうした質問には「学校に行く意味はあるよ!なぜなら・・」とビシッと答えを用意しておきたいところですね。そうでないと、子どもは学校に行かない言い訳ができてしまうからです。

でも「でも子供に学校に行く意味を口で言って理解させるのは難しい」と言うのが私の意見です。

学校に行く子供たち側としては答えなどすぐに落ちているようなものでもないからです。

真剣に学校に行く意味を悩んでいる子供がどれだけいるのか

ほとんどの子供は「学校に行く意味ってなんなの?」と聞いてくるのは程度の差こそあれ、「学校に行くのがちょっと面倒くさい」くらいの意味で聞いていることがほとんどです。

もちろん真剣に悩んでいることもありうるので、おざなりに対応してもいけないのには注意は必要です。

でも、たいていの子供はそんなに深く考えてないのですよ。

親たちが同じく子供だったとき、「学校に行く意味とはなんだろうか・・・自分は学校に行くべきなのだろうか、もっとほかに良い道があるのではないか」などと考えていないはずです。

だから、親としては「学校に行く意味ってなんなの?」と聞かれたら、「多分、後々にならないとわからない」と思いながら「将来のため」くらい軽くていいのです。

学校ってそもそもなんでできたの?

学校に行く意味というと、よく「将来自由に仕事につくため」とか「勉強する習慣をつけるため」とか「社会性を身に着けるため」とか言われますね。

でも全部「まあそういうこともあるよね」くらいです。

多分子供はそんなこと言われても、「いや別に将来の仕事とか遠いことで今考えられないし」とか「いや勉強をする習慣がじゃあなんの役に立つのよ・・」とか「社会性がなんの役に立つんだよ」とか将来役に立つ的な文脈じゃ納得しないんですよね。

こうしたギャップが起こるのは、「将来役に立つから」的な文脈が、親が考えて「まあ結果的にそうなることが多いよね」的な感覚で言っている一方で、子どもは将来のこと過ぎて想像がつかない。

単純に「学校に行けば楽しいから」とかのほうがよっぽど納得する。

でも日本の場合、学校って子供たちが行きたいから・ほしいから作られたものでもないので、楽しいところというわけでもない。

そもそも日本では学校ができた理由があって、それは江戸時代から明治にかけて、政府が「国を強くしなければならない」と考えたときに、経済力を強くする必要があって、そのために工業化が必要だったのです。

江戸時代はもちろん大量の工場労働者をやとって、工場を動かす、なんてことはやってなかった。

でも国を強くするため工場を作ろうと思ったら、従順に機械的に作業をする工場労働者が大量に必要。

そこで画一的な教育が必要になるわけですが、江戸時代はそんな画一的な教育制度などなく、教育というのは各家庭の裁量だった。ある農家は畑の耕し方だけ知っていればよいし、承認の家なら計算、武士の家なら礼儀作法・武芸とか。

江戸時代は子どもたちが受ける教育というのはバラバラだったのです。下手をすれば教育を受けていない子も多かった。

これでは明治政府が求める大量の従順に動く工場労働者など確保できない。国を強くできない。

そこで、バラバラだった子供たちの教育を統一し工場労働者を作るために、学校というものを作り、親たちに子どもを学校に通わせる義務を負わせた。義務教育ですね。

要するに、学校というのはにとって意味のあるものだから作られているのであって、子どもたちにとって、あるいは親にとって意味があってできたわけではないのです。

つまりもともと、子どもたちが学校に通う意味は、子どもたち側からすれば存在しなかった。

そもそも教育というものの主体は大人ですからね。子供にとって意味を見出しにくいのは当然なわけです。

色々学んだ結果もしかしたら何かの役に立つ場合がある

しかし、学校に行く意味って全く無いというわけでもない。

実際に大人になると「今になって学校で学んだことの意味が分かった」ということはよくあることです。

でも、子どものころからそれを実感させようとか想像させようとしてもやはり無理がある。「あなたの将来のためよ!」などと言っても暖簾に腕押し。10年後の未来を危機意識や当事者意識をもって想像できる子はほとんどいませんからね。

よって、親としてはそれほど肩肘はらず「多分、10年、20年しないと子どもたちにはわからないだろうな」と思いながら、「将来のため」でいいのです。

子供たちも今後のいろいろな体験の中で「ああ、あのときの勉強はこういうことに繋がっているのか」と自分で気づくしかないのです。

というわけで、炎心塾では「勉強して成績を上げる塾」なので「学校に行く意味ってなんなの?」とか「勉強する意味ってなんなの?」とか聞かれたら「それを聞いてテストの点数10点上がるの?」と聞くことにしています。

勉強しまくらないと勉強する意味なんてわからないよ!