私が経験した中学のくだらない内申点制度

普通にしていると下がって上がる内申点

人生で最もくだらない経験の一つに中学時代の内申点がありました。

私は小学校・中学校の頃、学校の教員などたいていの場合どうでもよい存在に思っていました(良いも悪いもないという意味です)。

教科書に書いてある以上のことを教えられることはなく、家庭で教えられる程度の規律を言ってくる特に益も害もない人たち。

何か明確に教えてもらったと言えば、小学校で将棋で対戦した教頭先生くらい。

空いた多目的教室で飛車角落ちながら圧倒的な実力で私をねじ伏せ、『仕事はサボる』という重要な概念を教えてくれた教頭先生には感謝してもしきれません。

それ以外は、ノートに算数の計算をしたり、地図帳を眺めているような生徒でした。

中学でも同様、せいぜい『算数』が『数学』に変わった程度。

でも、中学に上がると『内申点』というものが出てきました。

公立高校に進学するために重要な指標となるもので、このようなページを見ている人にはわざわざ説明するものでもないでしょう。

中学1年の頃は定期テストは常に学年2番以内(およそ学年200人)。

こんな私ですが、学年1位も一回だけあるんですよ?

それにもかかわらず、通知表の評点で並べると私より上の人間が30人はいるのです。

とは言うものの、さして気にもしていませんでした。

異変があったのは中2の冬から。

当時、私のいた神奈川県では9教科(英・国・数・理・社・美術・保健体育・技術家庭・音楽)は5段階で評価され、中2の3学期の9教科の評点合計と、中3の2学期の9教科評点合計を2倍したものが内申点(満点だと135点)として、高校進学のための点数となっていました。

そのため、中2の3学期の授業は多くの人の授業態度が良くなるのです。

普段、先生を馬鹿にし反抗する発言をする生徒たちの多くが手のひらをかえすわけですね。

私は特に変わりませんでした。相変わらず授業は聞かないし、国語の授業中にノートに数学を解き、地図帳を見渡す、歴史の資料集もなかなか興味深いものでした。

中2の冬にはサボったせいか、定期テストの点数も学年10位程度になってしまったが、それでも、9教科の内申点45点満点で33点などということにはならないと思うのですがね(平均すると5段階中3.3)。

オール4をとれば36点なんです。学年200人中10位でオール4にも劣るということが起こるのでしょうか。

今思うとおかしなことだし、ある意味当然と言えば当然ですが、当時はそもそも内申点なんて意識の内に入りませんでした。

中3の2学期にもなると内申点争いはよりし烈になります。

多くの人間が先生に気に入られようと授業態度が良くなり、発言をするようになる。

私は変わりません。相変わらず数学をノートで解き、地図帳を眺める日々。授業がつまらなくてたまらなかったからです。

先生方も私に対してご丁寧に『お前も授業中発言しないと、ほかの人より評価が悪くなるぞ』と忠告した。

あまりにバカバカしいので、生返事だった記憶があります。

つまらない授業をするだけなら、地図帳を眺める私の邪魔にはならないけど、わかりきったことをわざわざ発表させるなど、当時の私には邪魔でしかなかったのです。

私は信じていました。定期テストの点が良ければ、内申点の評点も上がるはずだと。

ゆえに中3の2学期の定期テストはそれなりに勉強しました。結果、学年3位まで回復した。

しかし、評点は45点中36点。ちょうどオール4というところ。

学年3位でも先生のご機嫌をとらない私はこんなものです。

そして、中3の3学期。もはや3学期の評点は高校進学に関係なくなります。

だから、誰も先生の機嫌をとらなくなりました。必然、みんなの授業態度も悪くなる。

私は変わりません。相変わらず数学をノートで解き、地図帳を眺める日々。受験勉強をちょっと加えたくらい。

学年末テストももはや受験が終わった後。学年3位だった。

そして3学期の評点は受験に関係ないが、45点中40点だった。

定期テストの順番が変わらないのに、評点が劇的に上がるとはこれいかに?

急に私が真面目になったのでしょうか?

違います。周りが変わったのです。

大人をつまらない生き物だと思ったのはこの時が最初だったかもしれない。

このように、私のような態度を公立中学でとると、大事な時期にもれなく内申点減点というご褒美をもらえます。

それを避けたいなら、親としては『先生に媚びる』という反抗期に真っ向から対立する概念を子供たちに植え付けなければいけません。

子供としては、プライドを捨て、嫌いな先生の授業ですら授業を素直に聞くフリくらいはしなければなりません。

塾の経営者としては、『媚びろ!提出物を出せ!授業を真面目に聞け!』と拡声器でも使って叫ぶところですが、それが、子どもたちの成長にどのような影響を与えるかは何とも言えないところです。

思春期に大人に対してより幻滅するだけで健全ではないような気もします。